大学に入ったものの特に目的があって入ったわけでもなく、音楽・バンド活動とアルバイト、遊びばかりで自宅に無連絡で数カ月間帰らなかったりしていた結果、留年すると言う始末。
大学4年間で126単位を取得しなければならないところ4年目終了時には60単位(1年で履修できる単位ギリギリ)が残っていました。この頃から父とたまに顔を合わせると喧嘩ばかりしていましたが、父自身が大学を出ていないことで大きな組織の中で苦労した経験から4大を卒業させたかったのは、今となっては理解できます。これぞ「親の心、子知らず」のお手本のような話で、目標を押し付けられたと思っていた私は親に向かって「大学に行かせてくれって頼んだことなんかないわい!」とクズ発言をした記憶もありますが、私が親なら百叩きの上、楽勝で勘当ですね。(リッチー・ブラックモアやジミ・ヘンドリックスにあこがれていたわけではないと思うのですが、父が私のギターを家の外に持ち出して道路でたたき割ったこともありました・・・。)
つるんでいたバンド仲間に留年した奴も何人かいたのですが「赤信号みんなで渡れば怖くない」ではだめだと、大学5年目にして、お尻に火が付いたと言うか、何とかしなければと言う本気の気持ちが生れ、「お父さん、お母さんごめんなさい。大学を卒業して、真っ当に社会人になります。」の一念で就職活動をしながら1単位も落とすことなく60単位をフル獲得、今では何を書いたかも全く覚えていない形ばかりの卒論を提出し、なんとかW留年は回避ができ、バブル崩壊後の就職氷河期ながらも今でもテレビCMをしているような上場企業からなんとか内定ももらえました。
他人から見ればダメダメでネガティブな状況も転じて前向きに捉えると「その気になって、やろうと思えばやればできる」と言うダメ息子目線の成功体験ができたことは間違いありませんでした。
一応新卒として、就職した某S社では、大阪の本社に近畿エリアから新卒営業職が30~40人が集められ入社式から研修が泊まり込みで1週間程度?行われました。研修内容は、某一流企業の教育部門に委託された講師による一般営業職・法人営業職・総合職向けの一般教養・自己啓発や基本理念の刷り込み的なことが主で、だらけ切った学生気分を一掃して余りあるスパルタな研修でした。当時の私にはとても刺激的で、嫌な?辛い?顔をしていた多くの同期の反応とは裏腹に、理念・目的に対する学びがとても楽しい!と思え、研修に集中していたのを覚えています。社会人としての基礎はこの研修期間に教わったことがベースとして私の中にあります。
その後、新卒同期は、支社研修として各地に散っていき、マニュアルを覚え(法人契約先への営業で必ず成果が出るよう仕組まれた)同行営業の結果、一定の水準に達した新入社員からそれぞれの支社へ気持ちよく配属されていきました。(そんな感じだったような・・・)
その同行営業研修で先輩が運転する車の助手席で、おもむろにタバコを吸いだした私は「タバコ吸うなとは言わないが『吸っていいですか?』と聞いてからが礼儀だろ!」とこっぴどく叱られ殊勝な態度をしている反面『面倒くさい先輩だなぁ』と思ったようなことがありました。
今では、はじめからキチンとしていたみたいな顔をして偉そうに従業員を指導したりしている私ですが、これを書きながら『私もその辺にいる今の若い子となにも変わらなかったんだから、寛容にならないと・・・。』と自戒の念を抱いた限りです。
ちなみにこの先輩とは、今もFacebookでつながりがあります。